患者さんを施術している時に、首や肩甲骨の所に腫瘤を触知することがよくあります。
患者さんに「ここにできものがありますね」と言うと、
初めて気付く人や病院ですでに診てもらって分かっている人、分かっていたけど放っておいた人などがいます。
初めて気づいた人は「先生これ何?」と聞いてきますので、
「脂肪の塊だと思うんですけど、違うものかもしれないので・・・」
と言って医師の診断を仰いでいました。
まあ、大抵は脂肪腫でありました。
そんな感じで、腫瘤をみつけては医師の診断を仰ぎ、「脂肪腫」と診断がつくのが普通になってきました。
脂肪腫か乳癌か
しかし、そんな中で脂肪腫では無い事もありました。
この話の大本は私の失敗とも言えるものかもしれません。
私がよく施術していた80代女性の患者さんが、その日はリハビリ室で1番のベテランの先生に施術をしてもらいました。
ベテラン先生は施術時に背中から胸にかけて腫瘤があるのに気づき、患者さんに腫瘤があることを告げました。
患者さんは、「今まで施術を受けていて腫瘤があるなんて言われたことがない」
と言っているのが近くにいた私にも聞こえました。
確かに腫瘤に触れた覚えはありません。腫瘤を腫瘤とも感じなかったのかもしれません。
ベテラン先生は患者さんに聞こえないような声で
「あれは脂肪腫じゃないぞ」
と私に告げて行きました。
患者さんは、医師の診察を受けるとすぐに大きい病院へ紹介になり、「乳癌」の診断を受けました。
ご家族も通院されていたので、詳しい話を聞くと「手遅れ」な状態で、癌もかなり広がってしまっているとのことでした。80歳近くの高齢だったため進行は遅いようでした。
ご家族は「本人には『手遅れ』のことは言っていないんです・・・」と言っていたので、本人は抗がん剤の投与を受けて頭髪が抜け落ちていても、ニコニコと治療を受けにきてくれていました。
しかし、日に日にやつれ、最終来院日から1週間経って亡くなったと聞きました。
柔道整復師は診断してはいけない
もし私が腫瘤に気づいて、いつものことだから「これは脂肪腫です」と患者に言ってしまっていたら大問題だったと、冷や汗ものでした。
しかし、腫瘤にもっと早く気づいていれば、患者さんの命も伸びていたかもしれません。
脂肪腫かそうでないか、最低限の事を知っておかなければいけません。
脂肪腫 | ガングリオン | 粉瘤(アテローム) | 滑液包炎 | |
---|---|---|---|---|
視診 | 皮膚の下の深い層にあるので、皮膚が盛り上がっているだけに見え、皮膚の肌色のまま | 関節上にこぶのように見える | 皮膚表面の浅い層にあることが多いので、黒い点が見えたり、全体が青黒っぽく見える。 嚢腫の頂点に毛孔(毛穴)がある | 腫れが見られる。日が経つと結節化したものもある |
触診 | 弾力はあるが皮膚の下で軟らかくゴムボールのよう。 表面から指で触ると可動性があります | やや硬め | 皮膚表面で硬く、弾力がある。 被覆表皮と癒着し下床とは可動性があれば | 押すと痛みがある |
形状 | 気がついたときには数cm以上の大きさになっている | 米粒大からピンポン玉位の大きさ | 「へそ」と呼ばれる毛包性中心凹窩が見られる | 様々 |
内容物 | 成熟した脂肪細胞からなり、薄い結合組織性の被膜がある | 中身はゼリー状である | 角質(あか)と脂肪が袋で包まれた腫瘍 | 内容液はさらっとした黄色い水状 |
できやすい場所 | 首、背中、肩周囲、大腿部 | 手首、手背、膝窩、靭帯や腱鞘、神経内、半月板のほか骨内にも発生 | 顔や首、脇、背中、耳 | 肘頭、膝蓋前、膝蓋上、腸恥(腸腰筋)、坐骨、大転子、鵞足部、踵骨後方および第1中足骨頭(バニオン) |
各種軟部腫瘍の好発部位
1 | 2 | 3 | |
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頚部 | 脂肪腫 | 神経鞘腫 | デスモイド |
胸壁 | 脂肪腫 | MFH | 脂肪肉腫 |
背部 | 脂肪腫 | 弾性線維腫 | 神経鞘腫 |
肩 | 脂肪腫 | 脂肪肉腫 | MFH |
上腕 | 脂肪腫 | 神経鞘腫 | 脂肪肉腫 |
肘 | 脂肪腫 | 神経鞘腫 | 血管腫 |
前腕 | 脂肪腫 | 神経鞘腫 | 血管腫 |
手 | 腱鞘巨細胞腫 | 血管腫 | 神経鞘腫 |
後腹膜 | 脂肪肉腫 | 神経鞘腫 | 平滑筋肉腫 |
臀部 | 脂肪肉腫 | MFH | 神経鞘腫 |
大腿 | 脂肪肉腫 | 脂肪腫 | MFH |
膝 | 神経鞘腫 | 腱鞘巨細胞腫 | 血管腫 |
下腿 | 神経鞘腫 | 脂肪肉腫 | 血管腫 |
足 | 腱鞘巨細胞腫 | 線維腫 | 血管腫 |
多発性 | 神経鞘腫 | 脂肪腫 | 神経線維腫 |
神経鞘腫
経鞘腫は良性腫瘍で、一般的には成人にみられます。多くは皮下組織や筋肉などの軟部組織に発生します。軟部組織の末梢神経から発生し、単発性のことが多いです。良性腫瘍なので、完全に切除できれば再発はありません。
デスモイド
類腱腫とも言います。線維腫症に属する良性腫瘍で、腹壁に生じるものを腹壁デスモイドと言い、20~40歳代の女性の特に妊婦や経産婦に多く、腹直筋に好発します。腹壁以外の部位に生じるものを腹壁外デスモイドと言い、10~20歳代に多く発生して摘出後にも再発しやすいです。
弾性線維腫
弾性線維が増生する良性の稀な線維性偽腫瘍です。無症状なことが多く、肩関節拳上時に腫瘤の膨隆が目立つのが特徴です。繰り返し機械的摩擦が加わる事で弾性線維が変性もしくは膠原線維と共に反応性に増生したものと考えられています。
MFH
悪性線維性組織球腫(Malignant fibrous histiocytoma:MFH)は肉腫の一種で、軟部組織と骨から発生する起源不明の悪性腫瘍です。多くは50〜70歳で発症します。
脂肪肉腫
脂肪芽細胞に由来する悪性腫瘍です。肉眼的に変化に富んでいて固い充実性のものから脂肪腫や粘液腫様のものまであります。脂肪腫様のものは予後が良いとされていますが、腫瘍細胞が多様なものは不良とされています。
血管腫
血管が拡張したり増殖したりすることによってできる良性腫瘍です。本来の意味の腫瘍ではなく奇形の一種とされています。
腱鞘巨細胞腫
腱鞘に生じる良性腫瘍です。30~40代に発症し、男性よりも女性に生じやすいといわれています。染色体の異常による発生すると考えられていますが、なぜ異常が起こるのか明確になっていません。
平滑筋肉腫
心臓を除く体の内臓にひろく分布する平滑筋に生じる悪性腫瘍です。
線維腫
結合組織細胞と結合組織線維による結節性,限局性の良性腫瘍です。大きさは粟粒大から成人の頭大まであります。治療は必要に応じて外科的に切除します。
神経繊維腫
身体中に存在する神経に腫瘍が発生し、全身にさまざまな症状を引き起こす病気です。遺伝子異常が原因で起こる病気で、原因となる遺伝子はさまざまです。具体的には、神経線維腫症Ⅰ型、神経線維腫症Ⅱ型、シュワノマトーシスの3つに分類されます。Ⅰ型は皮膚にカフェオレ斑と呼ばれる発疹が現れるのが特徴です。Lisch結節(虹彩過誤腫)ができます。Ⅱ型の特徴は、両側性の聴神経鞘腫で、難聴やふらつきを認めるようになります。シュワノマトーシスは、神経鞘腫に分類される腫瘍を認めることから神経線維腫症Ⅱ型に類似した部分も多いですが、Ⅱ型の特徴ともいえる両側性の聴神経鞘腫を認めないことで両者は区別されます。